「父親」(荒畑寒村)

父親への謝罪と感謝の手紙

「父親」(荒畑寒村)
(「日本文学100年の名作第1巻」)
 新潮文庫

「日本文学100年の名作第1巻」新潮文庫

息子・孝次から移転の知らせを
受け取った父親は、
久しぶりに会おうと汽車に乗る。
まだ若かった頃、
息子は父親と
折り合いが悪かった。
父親が吉祥寺の息子の家を
探し当てると、
息子は留守だった。父親は
息子の妻・お光と語り合う…。

「足尾鉱毒事件」について取り上げた
明治期のドキュメンタリー
「谷中村滅亡史」の著者・荒畑寒村
短篇作品です。
上に書いた粗筋のように、
何か事件が起こるわけではなく、
息子の引っ越し先を尋ねた父親が、
不在の息子の代わりに
息子の妻としみじみ語り合うという、
ただそれだけなのです。

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その会話には、
ただひたすら息子を心配する
父親の思いが表されています。
母親の死を契機に、
長い年月の確執があった父と子。
父親は息子の何を案じているのか?
「今度は長谷川と一緒に
 新聞を出すので、
(中略)…
 やはりその新聞かネ。
 孝もいい塩梅に此の頃は
 おとなしくして居るようだが、
 またそんな事で
 牢へでも入るような事に
 ならなきゃいいがねえ。」

この「新聞」というのは
左翼系の新聞であり、
創刊すぐに発禁処分にあっています。
つまり、孝次は社会主義活動をしていて、
すでに逮捕歴も1回あり、
当局から睨まれている存在なのです。
父親は息子がまた活動に深入りして
監獄に入れられることを
危ぶんでいるのです。

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さて、著者荒畑寒村も社会主義者です。
1908年に赤旗事件で検挙され、
禁錮1年の実刑を受けています。
また1912年に
同じ社会主義者の大杉栄と
「近代思想」を創刊、
さらには月刊「平民新聞」を
発行しているのです
(これらはすぐには
発禁にはなっていないようです)。
こうしてみると
孝次は寒村その人であり、
この父親は寒村の父親が
モデルであることがうかがえます。

作品中には孝次は一度も登場しません。
したがって父親が主人公なのです。
しかし「彼の妻」ではなく
「孝次の母」という言い回しを見る限り、
作品の中心にいるのは孝次なのです。

寒村が自身の身を気遣う父親の姿を
描くことにより、
普段疎遠にしている父親に対して
詫びるような気持ちが
込められていると考えるのです。
本作品は、
父親への謝罪と感謝の手紙のように
思えてなりません。

「然し子の女房の処へ頭を下げて、
 穏やかにさして呉れと頼みに往く!
 いや、是れがいいんだ、
 是れで彼の心が
 静まりさえすりゃ…。」

父親のしみじみとした述懐で
作品は終わります。
心の温まる逸品です。

※本作品は地味ではありますが、
 新潮文庫「日本文学100年の名作」
 第1巻の冒頭を飾るにふさわしい
 作品です。

〔本書収録作品一覧〕
1915|父親 荒畑寒村
1916|寒山拾得 森鷗外
1918|指紋 佐藤春夫
1918|小さな王国 谷崎潤一郎
1919|ある職工の手記 宮地嘉六
1921|妙な話 芥川龍之介
1921| 内田百閒
1921|象やの粂さん 長谷川如是閑
1922|夢見る部屋 宇野浩二
1923|黄漠奇聞 稲垣足穂
1923|二銭銅貨 江戸川乱歩

〔荒畑寒村の作品〕

※今日は「父親」という
 テーマで書かれた大正期の
 短篇2作を
 午前午後に並べてみました。
 芥川龍之介「父」は1915年、
 本作品は1916年発表で、
 かなり近い時期につくられた
 2篇です。

(2020.7.3)

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